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●西荻の街角から〜トウキョウエコノミー:すばらしき簡潔な世界

「実際上のCDSの取引は、そのようなリスクの有無とは原則的に関係がない。リスクのプロテクションそのものが市場を形成し、無関係の第三者によって自由に売買されるマネーゲームであるということに、その商品としての本質がある」(『知恵蔵』朝日新聞社「クレジット・デフォルト・スワップ」より)

 

■はじめに

今回はサブプライムな世の中を理解するための最初の一歩の話。

先ごろ引越をしたんだけど、そんとき大家と不動産屋のあいだに、家賃保証会社というのが入っていることに気づく。あーこんなところまで世の中複雑になっとるがなと思った。何度も説明を聞いたあと、気分転換に携帯の機種を変えに代理店へ行く。手続きも終わりに近づいたとき、レディは笑顔でぶっとい資料を持ちだし、料金プランの説明をはじめた。えーっ何個プランあんねん! 複雑怪奇な。勝手に決めてください。やっと支払いをしようと財布をあけると、提携が入り組みまくったクレジットカード、ポイントカード、キャッシュカード……。

ふー。いったいこれらの仕組みを誰が正確に把握しているんだろう。もうよくわからない、けどみんな使っている。そういうものに覆われて我々は暮らしている。

そもそも「ほんま知らん間に複雑になっとるがな!」という戦慄を味わったのは、あのサブプライムショックだった。

 

■世界はシンプルか複雑か

世界を旅して気功をやっている地元の自称DJは、よくぼくに「世界はシンプルだ」と言う。しつこく。「おまえはややこしく考え過ぎだ」と。確かに。そりゃお前やお前の飼ってる犬にとって世界はシンプルだろう。おれなんて何の特にもならない抽象概念でお手玉してるピエロみたいなもんやね。でもだって(言わせて下さい)。人間だもの(みつを)。と心のなかで叫んで、いつも笑顔で受け止めておく。

先日そんな自称DJが上京してきたので飲み屋に行った。夜半近く、ベロベロに酔っ払った自称DJがテレビに映る天気図を見て「最近のアイツの予報は当たらない」だのなんだの、ボロクソ言っている。そのうえ周りの知らんオッサンまで賛同してきた。おそらくアイツというのは気象衛星「ひまわり6号」ことだろう。かわいそうに。

よく考えてみてほしい、ひまわり君は(自称DJのDJ技術よりも)相当高度な技術で地球の静止軌道上に浮かんでる(引力と遠心力が釣りあう超高速で、地球の自転にあわせ飛んでいる。なので、地上からは静止しているかのように見えている)。赤道上空、36,000キロを今もなお。すごいことだ。でも、もう誰も驚かない。思考はそのメカニズムにまでは届かず、表層だけをみな見ている。ベロベロになって。

おそらく身のまわりの大半が得体の知れないものだらけになってる。でも気にせず生きている、いや気にしないんじゃなくて、世界が複雑すぎてエポケーになっている証拠なんじゃないかしら。このエポケーと社会の不安に何か関係があるかもしれない。

 

■サブプライム

さあ、話は海をこえてサブプライムショック。マヤ暦とユングには食指を動かす自称DJだって、おそらく名前くらいは知っているはずだ。その衝撃はまたたくまに世界中に波及したけど、その発端になったサブプライムローン(信用格付が低い人向けのローン)で家を買い、んで一夜にしてマイホームを喪失した貧しい人々は、夢のようなローンの裏側で何が行われていたのか露も知らなかった。

つまりリスクヘッジのためにバラバラに証券化され、ウォール街の天才たちが編みだした数々の創造的金融商品とやらに組み込まれ、世界中で売りさばかれ、膨大な運用益を上げていたことなんか、知る由もなかった。まあ結果論でしかないけど、住宅価格が上がりつづけるという妄信とともに、彼らは食い物にされたと言ってもいい。

じゃあサブプライムを理解するために、もう少し別のものを見てみよう。

 

■先物市場とリスク

まず先物市場。きっと自称DJは興味ないんだろうなー、ぼくもないけど。でも現象としてはすごい興味深い。例えば明日引き渡すジャガイモを今日売り買いできる市場がそれだ。

馬鈴薯だけじゃないよー、石油、鉄鋼、あ・り・と・あ・ら・ゆ・る・ものだ。そして「明日」だけじゃない、あさってでも、しあさってでも、1年後でも、10年後でも、原則的に未来永劫だ。取り引きが成立する限り。そこには輪廻転生でも、永劫回帰でもなんでもいいけど、我々人類の市場は無限に広がりつづけ存在する、という驚きの前提がある。で、先物って何のためかというと、リスクを分散するためだ。すごくないですか? すごくない? うーん。

じゃあ、リスクについて。リスクの誕生がいつなのか正確にわからないけど、86年にウルリヒ・ベックが『危険社会』(法政大学出版)というぶっとい本を書いている。法政の社会学部なら読まされるかもしれないメルクマール(のはず)。ともあれ80年代半ばごろから「危険」ではなく、管理されるべき危険=「リスク」という概念が誕生してきた。そんで徐々にそのリスクすらも商品となっていった。そう保険という名に姿を変え。

保険もジャガイモと同じで、あ・り・と・あ・ら・ゆ・る・ものに存在する。というか、原則としてすべてのリスクに保険はかけられる。保険の保険だってあります。だから保険屋はリスクの発掘には余念がない。これらを支えるのが金融工学という最新テクノロジーなんだけど、ここでは複雑すぎて手に終えない。だからさわりだけ。

 

■デリバティブ

今世紀の頭、まだ店もやってなくて、お肌の保水力も高かったころ、大学じゃほとんど習わなかった「デリバティブ」という謎の商法が出現しはじめた。とくにそのうちの1つであるリート(不動産投資信託)という商品が、ついに日本にも上陸!と話題になっていた。単純化すると、たくさんの人からお金を集めて不動産に投資・運用し、利益を山分けする方法だ。もちろんこれもリスク分散のためだ。昨今の東京での土地開発の一部は、こういう手法で行われている。

当時はまだITバブルがイケイケのころで、あるIT社長(もちろんシャツにネクタイしないニュースタイル)を取材をしたとき「J-REITというレバレッジ効果を活用してまして……」という話を延々され、あー世界はこれから複雑になっていくなあ、とぐるぐるペンを回して今夜のおかずを考えていたんだけど、時は過ぎ、器だ雑貨だといってシンプル族に肩入れしているひまに、サブプライムショックが起きて、たった10年くらいで世界はチョー複雑になっていたことを知った。

もうリートなんて序の口、FX(読者でやっている人もいるはず。為替です)や401Kと呼ばれる確定拠出年金(あなたの親も利用してる可能性大)、安全安全と連呼しまくるインデックス・ファンドの群れ、米国発の神がかった住宅ローンの数々……、ほんとおびただしい数のデリバティブ商品が生まれた。

なかでもサブプライムで救済されたAIGが売りまくってた「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」なんて全然意味わかんないもん(金融機関もみんなやってた企業の死亡保険みたいなものです)。何っすかあれ、誰考えたの!? あーあ、さすがのおれも旅にでてポエム詠んで格闘家かDJにでもなったろかなと思った瞬間です。うそです。

うん、頭の痛い話はこれぐらいにして、そろそろ終わります。

 

■おわりに

まあ対岸の火事だといえばそれまでだけど、あなたの給料が下がったり、派遣切りあったりする無慈悲な経済と無関係ではないことは確かだ。

でも関係性だけあって、けっして肌では感じない。煙も見えなければ、焦げた匂いだってしない。見えない場所で世界の総体はどんどん複雑になっていく。携帯電話は進化しつづけ、より身近で、なくてはならないものとなる。けど、そのハイテクな固まりの本質を、あなたの手は感じることはないだろう。哀れな静止衛星のように。これは生活感覚と、その生活を左右する環境が乖離していき、相対的に世界の表層は簡潔な世界に近づく、ということになる。

さあ、ここから先はご自身でお考えあれ。もちろん考えなくても、たぶん似た未来が待っているはずだ。世界は複雑なのか、シンプルなのか、この問いと同じ理由で。ではではまた。アディオス。

 

■参考文献

スティグリッツ『フリーフォール』(徳間書店)。創造的金融商品とやらにだまされ、サブプライムショックで家をうしなった貧しい人々の怒りを背負い、その恐ろしく複雑な世界を真摯に考え、そしてシンプルに教えてくれます。市場と民主主義に立脚してて、偏りもないっす(ほんとは店の名前に似ているから買っただけなんですが)。

 

三品輝起(みしなてるおき)

79年生まれ、愛媛県出身。05年より西荻窪にて器と雑貨の店「FALL (フォール)」を経営。また経済誌、その他でライター業もしている。音楽活動では『PENGUIN CAFE ORCHESTRA -tribute-』(commmons × 333DISCS) などに参加。